…でも、いいや、と思いながら朝食を食べている。アバンチュールは実現しなかった。でもいいんだ。負け惜しみじゃないさ。ちゃんと原稿も書けたし、ぐっすり眠れたし、現にこうやっておいしい朝食をいただいている。横浜の風景が眼下に広がっている。真上は真っ青な冬の空、真下は、桜木町あたりの横浜だ。あの緑の小山が、関東のお伊勢さま、伊勢山皇大神宮に違いない。ふむふむと、できたてのオムレツをほおばる。
ことの顛末はこうだ。
ぼくは原稿はどこでも書ける。一人部屋に閉じこもっても書ける。子供が走り回るファミレスでも書ける。新幹線でも書ける。違う環境で書く原稿は、おそらく違う原稿に書き上がる。それが自分でも面白いし、ただ単純に気分が変わるから楽しい。そこで、ときどき、ホテルで原稿を書く。
ホテルはいい。いいホテルはいい。原稿はまあどこでも書けるから、大前提はいいホテルであることが重要だ。原稿的にはインターネットにLAN接続ができるようになっていること。
朝食は65階の、例の秘密めかしたチェックイン・カウンターわきにあるクラブ専用ロビーで摂る。新聞に目を通しながらコーヒーを飲み、パンをかじる。パンくずが膝にこぼれる。行儀が悪いって?でも、クラブ専用の空間だ。わが家に限りなく近いから許される。自宅でも味わえないような開放感が、朝の僕を包み込んでくれる。
いつのまにかパソコンでなくては原稿が書けない体質になった。この仕事を始めたときは原稿用紙に手書きだったのに。しかしパソコンがただあればいいのではない。インターネットにつながっていないと不安でしかたがない。ぼくが愛してやまないこの部屋にはみごとにランケーブルがあり、なぜか使いやすくて、仕事が捗ること。
そこで最近のお気に入りは横浜ロイヤルパークホテルである。東京からもっとも近い旅ができるうえ、ホテル自体が非日常的な存在で、そのふたつが合わさると、夢でもみているような体験となる。移動時間はわずかなのに、次の瞬間、異質の空間にいる。
ランドマークタワーができたとき、うぶな東京者はこう囁きあったものである。「ランドマークタワーの最上階にはラウンジがあるそうだ。酒を飲むとたいへんだよ。あんまり高いので、お酒を飲むまえに、目がまわってしまうというよ」。きてみたら、そんなこと、ぜんぜんないじゃないか。あたりまえだが風が吹いて揺れるなんてことはありえない。関東地方がひれ伏しているみたいだ。横浜の港の先端に立っているため、海の中から起ちあがっているようにも感じる。
横浜ロイヤルパークホテルは、そのランドマークタワーの上のほうを占めているホテルである。正確に言えば52階から67階が客室、68階はレストラン、最上階のラウンジは70階である。なんと277メートル。ホテルは地上からもっとも高いところにあるホテルなのだ。
その横浜ロイヤルパークホテルが、かつてエグゼクティブフロアであった64階から66階の3フロアを、「クラブ ザ ランドマークフロア」として、改装オープンしたのは2007年3月3日のことであった。
この英断をぼくは喜んだ。横浜と超高層とで、かなり非日常的なのだ。そのうえさらに「秘密」が加わったのである。横浜ロイヤルパークホテルの「クラブ」ほどの、深い非日常性を持ったホテルをこの日本で探せ、と言われたら、少なくともぼくはお手上げだ。
チェックインからして秘密めいている。65階。1階でなく。レセプションの女性もぼくも椅子に座わり、望めばコーヒーもいただける優雅さのなかで、それは行われるのだ。クラブ専用のラウンジがそのそばにある。そう、いまぼくが伊勢山皇大神宮を見下ろしつつ朝食を摂っているところで、夜はカクテルサービスのある専用ラウンジとなる。部屋の素晴らしさはあとに譲るとして、さあて、ここで悪巧みをしないようでは男ではない。
今回の原稿の担当者は女性である。ストッキングが破れても気がつかないような人が多い女性編集者のなかにあって、スカートをはくというだけでも珍しいのにその生地がいつも柔らかくひらひらしている。とてもとても女性らしい。締め切りを遅れても、原稿の催促なんていっさいしない。それでも忘れているのではないことは、遅れて渡すとき、「ああ、よかった。どこか中近東の果てまで旅にお出になったのかと思ってましたわ」などと言う。真剣なのかそうでないのか、ぼわーっとした言葉を、ゆっくりした口調で言われると、男性の中枢神経が軽く麻痺して、ふらふらよろけてしまいそうになる。そんな担当者だ。歳は30数歳、かな。
1階ロビーからそのまま65階へあがってチェックイン。椅子に腰掛けて書類に名前などを書き込む。椅子などいつでも腰掛けているのに、やたらと嬉しい。事務的な手続きではない豊かな何かをそこに感じるのだ。ためしにコーヒーを所望してみるといい。笑顔でうなずいて出してくれるだろう。この温かさ。ぜんぜん事務的ではない。
料理よし、ワインよし、眺めよし。つまり舞台は完璧に整っている。だれもが言うではないか。女子はムードに弱いと。きらびやかな港横浜の灯りを背にしての食事ほど、恋の成就を約束する装置はないと思われる。料理のよさは、若干身びいきがあるとは思うけれど、ル シエールは別格だ。エレガントなたたずまいにいつも魅了される。
原稿を渡すので、横浜ロイヤルパークホテルのフレンチレストランでディナーをご一緒しよう、と誘った。もちろんふつうはメールで送る。しかし手渡しという古式豊かな方法も捨てがたいものがあるのであるし、その場で原稿を直せるという利点もある。もちろん言い訳である。成功した。ワンピースでやってきた。フレンチレストラン、ル シエールで原稿の刷りだしを渡す。原稿はOKだった。
原稿はおかげでさくさく書けた。いっときのよどみもなかった。時折、窓の外の1兆円の価値のある風景を眺めた。時間の変化を天空から見た。夜のとばりは地面からはじまる。インターネットにつながっていたおかげで、地名に関する調べ物がひとつ、辞書機能を利用して英単語がひとつ、たちどころにわかった。書き終わって窓際の寝椅子に横たわり、トワイライトの風景を肴にミネラルウオーターを1本飲んだ。
ル シエールの料理は、新しすぎず適度に古典的で、ぼくのもっとも好みとするスタイルだ。原稿料はその1本でふっとぶが、ボルドー5大シャトーのひとつを頼み、タワーにちなみタワーといえばわかっていただけるか、彼女の歓心をかおうと試みる。ぼくの話にいちいちコロコロと笑ってくれる。状況、おおいによろしい。
今宵こそは、かねて噂のように、彼女にめまいをば起こしていただきたい、と思いを込めて、70階のラウンジ、シリウスへ誘う。行きましょう行きましょうと賛成してくれる。展開、非の打ちどころなし。JAZZの生演奏のステージ前を意図的に避け、奥の窓側の席に座る。ぼくはいつものように、マンハッタンをクラッシュドアイスで。彼女は、ガスランプを。シリウスのオリジナルカクテルである。
ぼくが、「ぼくの部屋はとても広い。一人で眠ると怖い夢をみかねない」などと切り出したのは、マンハッタンをスコッチに切り替え、そのお代わりをしたあとだった。
さて。
結果は、朝食を一人で食べているのだから、明らかであろう。問題は断られ方である。ドラマのようなストーリーを期待されてもしかたないのではあるが、現実はぜんぜんアンチドラマでそっけないものであった。
横浜ロイヤルパークホテルへきたら、最上階のラウンジを楽しむべきだろう。世にホテルのラウンジは多いけれど掛け値なしに最上。その高さ、その眺め、ジャズの音色、美酒、横浜という土地に建つ超高層ではじめて可能な世界といえる。いっしょに時間をわかちあえる人がいるとは、もはや、幸福という言葉の定義を超えている。
パジャマがたいへん素晴らしい。どこがどういいのかよくわからない。ホテルもべつだん自慢なさらない。しかしいい。パジャマも突き詰めれば奥行きの深い衣装に違いない。きっと数々の条件を満たした逸品であるのだろう。天空の光は真新しく汚れるまえのきらめきがある。気に入ったパジャマで特別な光を堪能する。朝の快楽だ。
「これから会社へ帰り、入稿しますわ。だってとっくに締め切りすぎているんですもの」
うむ。
そういわれて冷静に彼女を観察すれば、その薄いバッグでは確かにお泊まりグッズが入っていそうもない。それに最初に気がつくべきであったのである。女性は、男と違って、成り行きで外泊はできない。化粧がありますからね。いくつになっても賢くなる余地はあるものである。一緒にエレベータで1階まで下り、タクシーを見送る。冬の風が舗装道路から吹き上がってくる。その冷たさは横浜もおなじであった。
いいのだ。それでいいのだ。ル シエールの料理もワインも彼女のおかげで極限まで楽しめた。部屋に戻るとお気に入りのベッドとパジャマが待っていた。横浜ロイヤルパークホテルのベッドほど寝心地のよいベッドをぼくは知らない。固く柔らかく絶妙な支持力で熟睡をうながす。パジャマがまたお気に入りなのだ。服を着ることが好きなぼくは、このパジャマを着ただけで嬉しくなってしまう。とくにパンツのシルエットが最高だ。腰から太ももにかけてはゆとりがたっぷりあり、ふくらはぎにかけてゆるやかに絞れる。盗んで帰ろうか、となんど思ったかしれやしない。そういえば、確か、眠りに落ちる寸前、もしも彼女が残ったなら、この真綿に包まれる幸福はなく、むしろやっかいなことになっていた、と考えたような気がした。